『やりたい事』にこだわりすぎてない? 脱サラ後、絵に固執し過ぎて迷走した結果…。

私は30歳で「絵を描きたい」という一心で一般企業を脱サラしました。

そこから素人なりに絵描きの道を模索し続け、その中で絵以外の様々な道を見つけてきました。

創作だけで満足できれば絵にこだわり続けてもいいですが、実際絵を描き続けるにはその絵で収入を得られないと長く続けることは難しいです。

また制作と需要の比率がアンバランスだと自分の部屋が作品に埋もれ、気持ちも実生活も窮屈でネガティブになり、絵にこだわる意味などを考えるようになったこともあります。

作家活動以前、私は一般企業に勤めていましたが、それは美術業界など作家活動に直接的に繋がるような業界ではなく、芸大・美大出身でもないので作家やギャラリーの知り合いも全くいない状態でした。

ですので脱サラしたはいいものの、その後どう活動をしていけば良いか分からずかなり迷走したのです。

描きたい絵を描き続けるためにはどう活動していけばいいのか

そのリサーチが不十分なまま脱サラしてしまい、唯一迷わずできた作家活動といえばそれこそ絵を描くことだけ。

右も左もわからないけれど「絵を描きたい」ために脱サラしたのだから、それだけはどんな状況でも続けようと気を張り続けた結果、逆にそれが自分の首を絞めることになりました。

絵を描きたい」。

この『やりたい事』に固執しすぎたせいで、結果が出ない日々に落胆し、一時期本当にどん底まで気持ちが落ちたのです。

しかしその経験から得られたこともありました。

人によっては参考になる失敗談かもしれませんので、今回はそんな体験を紹介させていただきます。

『やりたい事』への執着が生んだ、落胆の日々。

脱サラしたての頃、不安定な作家活動で唯一自分の原動力となっていたのは、「絵を描きたい」という強い思いでした。

しかしいくら描きたいと強く思っていても、自分の作品が他人から見向きもされない日々が続くと普通ならやる気が削がれていきます。

私も例に漏れずそうなりました。笑

プロモーションが下手だったことが原因だと今なら分かりますが、当時は作品をSNSやイベント・コンペに出しさえすればどこかで誰かが食いついてくれると勝手に思い込んでいたので、思うような結果が出せずに落胆する日々が続きました。

それでも絵を描くことをやめられなかったのは、「絵を描きたい」という気持ちへの執着心です。

確かに脱サラ当時は本当に絵を描きたい気持ちが溢れていました。

仕事で満足に制作時間が取れなかった分、制作意欲は膨らみ続け、それが爆発したとき脱サラを考えたのです。

しかし制作時間も十分取れるようになり絵を描くことが日課になると、次に欲しいのは他人からの興味・関心です。

そこで理想と現実のギャップに大きくつまづいてしまったのですが、そのときに『「絵を描きたい」という気持ちで脱サラしたこと』を自分の中で過剰に捉えてしまい、絵を描く以外の方法を見つけようとしなかったのです。

自分は絵で成功しなければ絶対ダメなんだ、という具合に。

しかしそうやって「絵」にこだわりすぎた結果、思うような結果が出せない日々に落胆し続け、迷走することとなりました。

ではなぜそこまで迷走する羽目になったのか、その原因となった4つの事柄を詳しく説明いたします。

迷走原因1:明確な将来像がない、という致命的ミス。

まずそもそも、私には始めから大きなミスが一つありました。

それは作家活動への準備不足です。

脱サラをした当時、自分には「絵を描きたい」という気持ちしかない状態でした。

市場リサーチや仕事を得るためのコネクション等ではなく、「絵を描きたい」という気持ちだけです。笑

そのため具体的に何をしたらいいのか分からず、手探りな状態での活動が数年続いたわけです。

イベントや展示会に参加したり、他の作家からアドバイスをもらったり、SNSやネットで知れる範囲の活動を真似してみたりと、業界にコネもツテもない状態ではそれくらいしかできることがありませんでした。

そんな中でやっと気づいたのは、自分には目指すべき最終目標がはっきり定まっていないということ。

「絵を描きたい」という気持ちはよく分かった。しかしその先は?

ギャラリーで絵画を売る画家なのか、大量のイラストを制作し取引先を持つイラストレーターなのか、はたまた全く別の職業なのか。

退職当時は「絵(模様)を描く」ことしか能がなかったので、それが画家かイラストレーターかデザイナーか、自分の目指す具体的な将来像というのが持てていなかったんですよね。

別の仕事をしながら空いた時間で絵を描くならそれでもいいのですが、私の場合、生活の大半を創作に充てたかったため、そうなるとその創作物で収入を得る必要が必ず出てきます

そのため大抵、絵で仕事をするとなると、職業(仕事)が先に来てそれに合わせて描くことが一般的です。

私の場合、良くも悪くも(当時は悪いの比率が大きかったですが)何かに合わせてではなく自由に描きたい絵(模様画)が明確にあったことが原因で、その先を全く考えられていませんでした。

全くもって、恥ずかしい話です。笑

迷走原因2:取り急ぎ作った、大雑把すぎる目標。

ただ単に「絵(模様)を描きたい」という気持ちだけで退職し、目標の定まらないフワフワした作家活動。

これからずっと好きな絵を描き続けるにはどうしたら…?

そこで安直に思いついたのが、作家として世間に名前を知ってもらうことが最優先だという大雑把な目標です。

名前を知ってもらうためにできそうなことは手当たり次第やってみることにしました。

SNSに作品を投稿したり、コンペに応募しまくったり。

しかしそんなザックリした目標では当然、うまくいくことの方が少ないです。

SNSやコンペだけで徐々に認知されるようになると安直に考えていた自分が、今となっては究極に恥ずかしいです。笑

しかし当時は他に活動方法がわからず、それにしか注力することができませんでした。

迷走原因3:アートコンペに無闇に応募し続けた。

ところでなぜ、脱サラ後にコンペに応募し続けたのかという話ですが。

絵を描く人なら誰でも一度はアートコンペに応募したり応募を考えた事があると思います。

アートコンペはどんな立場の人でも業界の有識者に自分の作品を見てもらえるチャンスなので、絵で生計を立てていくという明確な方法がない今の日本では、「とりあえずやっておこう」と思える分かりやすい活動なのです。

当然私もそう考え応募をしていたのですが、本当にコンペで受賞できれば絵描きとしての道が開けるのかをよく調べもせず、絵描きで成功するにはコンペで受賞をすることが基本と思い込んでいたのです。

始めは私も平面作品が制作の中心だったので、その流れでアートコンペやイラストコンペにいくつも応募し受賞を目指しました。

しかし結果は惨敗。

おそらく20回以上様々なコンペに応募しましたが、受賞できたのはたったの一回です。

技術が未熟なのか、模様というスタイルが理解されにくいのか、とにかく理由がわからずの落選ラッシュは精神的に来るものがありました。

それからというもの、コンペは結果が出なければお金や時間をただ浪費してしまうリスクのある活動方法だと気づき、徐々に離れていきました。

コンペで受賞すれば大金が手に入る場合もありますが、受賞したからと言ってそれだけで食いぶちを見つけられるわけではないのが現実です。

他にも諸々理由はあるのですが、何よりコンペ等の受賞歴がない作家でもしっかり稼いでいる人は多くいます。

このことについては、またいずれ別記事で体験談をお伝えできればと考えています。

迷走原因4:自分はフリーランスだという意識の低さ。

そんなこんなでコンペには区切りをつけ、他の活動方法がわからないなりにも、さすがに「収益を兼ねた方が長く活動を続けやすい」ことは嫌でも分かり始めました。

そこでようやく仕事として絵を描く道を探すのですが、リサーチも経験値も不十分だったので当然つまづきます。

何をどうすれば良いのかわからず、とりあえず諸先輩方の活動を参考にしようと見学するつもりで説明会に行ったら、あれよあれよと参加が決まってしまったのが「クリエイターEXPO」です。

クリエイター業の方、駆け出しの方など知っている人も多いイベントだと思いますが、簡単に言えばデザイナーやイラストレーターなどフリーランスのクリエイターと様々な企業との大規模な商談イベントです。

しかしここでも自分のフリーランスとしての姿勢の甘さや準備不足さを思い知らされ、高額な出展費に見合わない結果となってしまいました。

絵や作品を見せさえすれば何か仕事がもらえるかというと、絶対にそんなことはあり得ません。

作品云々の前に仕事を得るには、ターゲットの定まった分かりやすいポートフォリオの作成、個人事業主としての手続き、金銭のやり取りで必要な税金の知識等、やるべき準備はたくさんあります。

絵描き以前に、自分は社会的に見て”フリーランス”なんだという立場を自分で理解していなかったのです。

クリエイターEXPOを通じて幸運にも数件、企業様とお取引させていただいたのですが、その際に自分自身の立場の無理解さを痛感し本当に恥ずかしい思いをしました。

ただこれを機に、絵で仕事を得るということの基本的スタンスを徐々に理解し始めます。

クリエイターEXPOでの体験も後々記事にしていきます。

迷走中の息抜きが頭角を現す。

始めは活動方法がわからず迷走、その次は他の作家の見様見真似で活動しても結果が出ずに迷走、その後は仕事が欲しいのに準備不足すぎて何から始めていいのかわからず迷走、このままで大丈夫なのか…という焦りで迷走、、

脱サラ後の数年間、とにかく私は本当に迷走し続けました。

どれも全て「絵でなんとか結果を出さねば」という、絵を描くことに縛られた結果の迷走でした。

しかしこの時、ふとした息抜きが意外にも頭角を現し始めたのです。

ゆるいレトロなイラスト

まず一つ目がこちら。模様でもなんでもない、ただのゆるいイラストです。

このようなイラスト、もっぱら落書き程度でしか描いておらず、当然作家活動の一貫として描いているつもりはありませんでした。

絵と言われれば絵ですが、コンペや展示に出すような絵ではなく明らかにただの息抜きです。

普段から細かな模様を描くことが多く、その疲れや反動から”ゆるいイラストも描いてみたい”という完全に息抜き程度のモノでした。

描いたイラストは絵日記のようにただインスタに投稿するだけ。

しかしこれが意外とウケて、本業のつもりでいた模様画を差し置いて企業とのコラボやイベントへの出店に繋がることとなりました。

BEAMS様とTシャツコラボしていただいたり…

デザフェスでは多くの方に見ていただき、ご購入いただいた商品も多数ありました。

今もただ出品しているだけの状態でも、時々オンラインショップでグッズが売れます。

始めは息抜きや気晴らしだったとしても、気に入ってご購入いただけるというのは本当にありがたい限りです。

模様から生まれたキャラクター

二つ目はこちら。幾何学模様から生まれたキャラクターです。

これは絵で行き詰まりを感じていたとき、絵以上に最高潮に興味があったカプセルトイやソフビフィギュアの影響を多大に受けて創作しました。

創作活動とはまったく関係のない息抜きとしての趣味でしたが、今でもその興味は尽きず、その影響を大きく受けて自分でもこのようなキャラクターを考え始めたのです。

こちらも独学なので見様見真似ですが、現在はフィギュア制作に注力しています。

現時点ではまだ準備段階ですが、カプセルトイやソフビフィギュアなどの市場に興味を持ったことで、いずれはその市場で自分の商品を販売したいという今までで一番具体的な目標を持つことができました。

もう少し話せば、イベントに出店した経験を活かしてキャラクターを前面に押し出したブランドコンセプト作りができることも、イラストで寄り道した経験が強みになっております。

「絵」に拘りすぎないことで見つけたモノ。

もし息抜きが注目され始めた時、変なプライドが邪魔して「これは売り物にはできない」とか考えていたら、今も迷走していたかもしれません。

「絵」に拘りすぎないこと

これが作風や販路・活動の幅を広げられた理由で、今現在気持ちにゆとりを持って活動できているのだと感じます。

自分は画家だから。絵描きだから。「絵を描きたい」一心で脱サラしたのだから。

そういったことに縛られて楽しくもなく鬱々とした状態で絵画を制作し続けるよりかは、その時々でできることに素直になるのも結果的に悪くありませんでした。

絵を描き続けてもコンペでの落選や作品・グッズの販売不振が続くと、自分の作品は興味を持たれていないのだと自覚してしまいモチベーションが下がる一方。

モチベーションが下がっても、鬱々しながらでも、描き続けられるならそれはそれでいいと思うし、どんな状況でも続けられることはすごいことです。

しかし自分の場合、描いてもこの先が見えない…という感情で文字通り手が止まってしまい、描けないのに無理に描こうとウダウダ迷うことに時間の無駄を感じました。

それならひとまず、迷わずできる楽しいことに時間を使った方がよくないか?と考えたのです。

それを繰り返したことで出来てきた作風や販路が、絵画一極集中の考え方に変化を与え、今ではイラストやキャラクター・フィギュア制作に広がっています。

迷走し始めたら、まずはできる事や興味のある事をする。

迷走し続けたことで分かったのは、自分が何者なのか・何を目指しているのかよく分からなくなった時はとりあえずできること・興味を引かれることをやってみる。それで次に進めるという事です。

人によっては作風や販路は一つに絞って名前を覚えてもらった方がいい、と考える人もいると思います。

しかし結局それは全て売れるための方法なだけであって、退職してまでやりたかったことなのか…と言われると違う気がしたんですよね。

よくわからない発言かもしれませんが、「自由に好きに絵を描き続けること」が一番やりたいことであり、そのために世間に名を知ってもらうことは大前提だと思います。

しかし、その描きたい絵を捻じ曲げて、何かに無理に合わせてまで名前を知ってもらう必要はない、ということでもあるのです。一丁前に偉そうですが。笑

勿論、売れるために世間的に受けそうな絵は何かと考え描くことも一時期はしていましたが、正直何の面白味もなく感情が消えていった記憶しかありません。

始めは絵(模様)だけしか描けず、コンペなどでの不振でウダウダしていました。

でもそれでは道が開けないというスランプから、テイストの違うイラストを息抜きに描いてみた。

するとそれを認めてくれたお客様や企業様が現れ、そのあとは単なる趣味 (カプセルトイ) と思っていた物に創作のインスピレーションと意欲を貰った。

あっちで転んでもこっちでなんとかなるという具合に、一つの道でつまづいて完全に止まってしまうよりも、いろんな道を用意しておくことで少しでも進み続けられるというメリットがあるなと、脱サラして迷走して5年後にようやく、ここまでの道のりが無駄なだけではなかった事が分かりました。

ちなみにそのイラストやキャラクター作りという寄り道をしたおかげで、絵画にもいいインスピレーションを与えることができ、結果として行き詰まりを感じていたモノにも良いエネルギーを還元することができています。

脱サラした理由でもある「絵を描きたい」気持ちに固執しすぎたせいで数年間迷走したわけですが、結果的には作風や販路を複数持つことができ、そういったメリットを体験することができました。

色んなことに目を向けると、その分自分にも還元される。

いかがでしたでしょうか。

半分以上自身の恥ずかしい失敗談でしたが、肩書きや何か一つのことに拘りすぎて疲弊している人のためになればという思いで、今回記事を書きました。

どうにかして早く売れたい!絶対に画家として売れたい!という強い意志が足りなかったからこのような結果になったのかもしれませんが、たまには肩の力を抜いて周りの違うことに目をやるのも良い息抜きにはなります。

そして、興味があちこち向くことは悪いこととは思いません。

頑なに一つの道だけを突き進める事はすごいですが、窮屈さや何かしらのネガティブさを感じることがあれば、一度違うことに目を向けるのも良い手段だなと思います。

ぜひ、色んなことに興味を持っていただきたいです。

偉そうなことを言いますが、何せ人生一回きりですからね!

いろんな経験や体験が自分に還元されていくのは本当にその通りだなと、作家活動をし始めてからつくづく感じます。

ABOUT US
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サイトウ ミキ
30歳で脱サラした模様クリエイター。 模様を描き模様のことばかり考えながら、絵や写真・造形物や雑貨など色々と派生しながら創作活動をしています。 ●20年以上独学で描き続けた模様について、基本の描き方から応用編・世界の民族文様や日常にある模様・模様から考える人生観等々、色々マニアックに発信していきます。 ●社会人になって絵や創作などの時間がなくなり ”たった一回の人生これでいいのか”と悩み続け、30歳でようやく脱サラ。当時は周りに相談できず一人で悩んだ経験から、同じような境遇の人に自分の実体験を少しでも伝えるべく脱サラ関連の記事も書いています。 ●現在、自分の人生の最優先事項は”楽しい”と思えること。創作はもちろん趣味のカプセルトイや雑貨屋巡りなど、大人になっても”楽しい”と思えることをご紹介していきます。
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