特に仕事なわけでもなく、なぜ20年以上模様ばかりを描き続けているのか?
このブログを立ち上げ模様の描き方を発信しようと考え始めた頃、そういえば自分は風景画や人物画などではなく、なぜ模様ばかり描き続けているのかを振り返る機会がありました。
今回はプロフィールを兼ねて、その話をさせていただきたいと思います。
「普通」に憧れた子供時代の現実逃避。
今思えば、始めは単なる現実逃避の手段でした。
実はこう見えてけっこう特殊な家庭環境にあり、今でもこれまでの人生で一番辛かった時期だなと思う、そんな子供時代でした。
日本では超めずらしいキリスト教家庭
私が生まれ育った家は、クリスチャンの家庭です。
父親が牧師で家が教会だったそうです。
自分が生まれてすぐ、母親の病気を治療するために教会や牧師生活とは離れたそうですが、それでも毎週日曜日に教会に行くことは変わらず、雛祭りや七五三やお宮参りや初詣等々…
そういった日本の風習や行事ごととは無縁の子供時代を過ごしてきました。
当然周りにそんな家の子は一人もいなかったので、みんなが当たり前にやってる事を自分の家では見向きもされず周りと違い、何より自分の家が“宗教やってる”という感覚がすごく負い目でした。
今でいう「宗教二世」ってやつですよね。
今は特に何も気にしていませんが、自分の意思もはっきりしていない幼少期に周りと違う環境に居ることを自覚すると、それだけでなぜか疎外感や劣等感を感じやすいものです。
日曜日は教会に強制連行されていたので絶対に遊べなかったし、「サイトウ家はなんか宗教やってるんだ」。そう友達や周りの子に思われるのが本当に嫌な、変な子供時代でした。
生まれた時から母親が重度のうつ病
そして先に書きましたが、生まれた時には母親はすでに「うつ病」を患っており、物心がつく頃にはいつでも親の病状を気にしながら過ごす日々でもありました。
夏休みや冬休みなど、子供が長く家に居る時期はとても辛そうにしていたのをよく覚えています。
学校が終わっても、子供が家にいることを迷惑そうにしている親がいると思うと「帰りたくないな…」と考えてしまうことも多く、家では心底ゆっくりできる居場所がないなというのを感じていました。
うつ病患者が身近にいる方ならわかるかもしれませんが、その病気の厄介なところは周りにも負の感情が伝染するという点です。
特に年齢が若ければ若いほど周りの環境からは多大な影響を受けるため、幼少期の暗い家庭環境というのは自分の人生に足枷をつけられたような感覚がありました。
歳を重ねるごとに過去も客観的に見れる力はつきましたが、安心できるはずの家庭に問題があるというのは精神的に堪えるものが大きく、非常にネガティブで悲観的な感情を抱いていた子供時代でした。
双子=人と違うという劣等感
さらに自分自身は双子でして、それをいじられることもしばしばあり、、笑
双子っていいよね、なんて言われることもありましたが、当時は全然そんな気はしませんでした。
何もしていなくても結構目立つし、自分と同じ顔がもう一人いるだけで周りと違って何かとネタにもされる。
周りの言うことを真に受けすぎていたのもありますが、それも周りと違うことなのでかなり嫌だったんですよね。
今は双子すごくいいです。趣味も似ていて気が合うので、こまめに連絡とったりよく二人で出かけたりしています。一生疎遠にならない友達みたいな感じですね。
ただ当時はそれらが重なり、自分の周りと違う環境が嫌で嫌で仕方がなく、とにかく「普通」に憧れ続けた子供時代でした。
今思えば「普通」ってなんだ?という感じですが。
そんな時に絵を描くことと出会い、たまたま描き始めた模様が何も考えずに黙々と描けることに気づき、没頭できる時間というのが現実を忘れられる瞬間で最高だったのです。
絵を描く=真似をする、というスタート。
そうして模様を描く楽しさと出会ってから私は高校生ぐらいの頃にはすでに、絵を描くことが生活の中心にありました。
絵を描きたいから定時制高校を選んだり、今振り返れば何もアクションを起こさずそうなったわけではなく、単に絵を描くことが楽しすぎてそれを優先して生活してきた結果だと思います。
絵と出会うそもそものきっかけは、中学生のときに美術部に入部したことです。
中学で美術部に入部。絵の上手い先輩達に触発される
部活強制の中学で、とにかく楽な部活に入りたい…という気持ちで入ったのですが、そこで非常に絵の上手い先輩たちと出会いド肝を抜かれ、ようやくまともに絵を描くことに興味を持ち始めました。
そして私が絵にのめり込んだ最大の理由、それは自分がイラストやデザインなど二次元表現の線画作品を見て真似して描くことが得意だとわかり、描く事そのものが非常に楽しいと感じたからです。
もともと漫画やアニメが好きでそれらを真似して描くという遊びを友達とよくしていたのですが、本格的に絵が上手い先輩たちを見て自分が選んだ方法は、真似できる絵をものすごく上手く真似して描くということでした。笑
三次元が苦手…でも二次元なら得意!
何度か授業や部活の一環でデッサンや風景画等も描きましたが、如何せん「三次元の物を見て描く」ということが非常に苦手だというのは薄々自覚していたのです。
しかし自分も先輩達のようなすごい作品を描きたい。
そこで足掻いた結果、二次元のモノなら真似して描くのが得意だと分かり、そこに没頭していきました。
そもそも一般的に絵を描くとは、現実世界の目に見えるものを紙やキャンバスに描くというイメージが強いと思います。
その見えるモノを、描く人の技術や感性で違うモノに変わるのが絵の面白いところです。
しかし私の絵のスタートは、それとは真逆のものでした。
簡単に言えば、絵を描くときに他人が描いた絵を見て描くというスタイル。
つまり模写と呼ばれる技法に近いやり方で絵の面白さを知り、何かを表現したいとかではなく描く作業そのものが好きになったのです。
遊びで漫画やアニメのキャラクターを真似して描き、絵を描く=誰かの絵を真似して自分でアレンジして描く、という捉え方が自分の中で普通になっていました。
その面白さを体感してからは、なんでも描きたい物は二次元のものをモデルに選び、そこから自分のアレンジを加えて自分なりの描き方を模索していきました。
初めて描いた模様も真似事から
そして、美術の授業で木製のフォトフレームの制作課題が出た時、その流れで何かの額縁の絵柄を真似して描いた事がきっかけで模様を描くことにのめり込むようになりました。
確かそれも立体ではなく、漫画か挿絵か忘れてしまいましたが、二次元で描かれている額縁の模様を真似したように記憶しています。
それから模様を描くことに没頭していくのですが、そういったモノがあったというのは今振り返るとちょうど良い現実逃避方法で、非常に助かっていました。
日常にネガティブになっていた分、模様を描くことに没頭できたおかげで今も続けられているように感じます。
自分の作品!と言えるような絵を描き始める。
中学校で美術部に入部して大きく変わった点は、真似ではなく『自分の作品』と言える物を描こうと考えるようになったことです。
一から考えて創る『自分の作品』を描きたい
それまでは漫画やアニメの真似事ばかりで「絵を描く=誰かの絵を真似して描く」と認識していたので、キャラの表情や服などである程度のアレンジをしても、それが『自分の作品』だという感覚は全く生まれませんでした。
それに比べると模様は単純な線や図形の組み合わせで出来るので、線の組み合わせ方や曲線の描き方などを自分で考え身に付けていくうち、自分で一から考えた自分だけのオリジナルが無限に生み出せることに気づきました。
そこからようやく『自分の作品』と言えるような絵・模様を制作することに目覚めます。
そしてこの時から、自分の描く絵にオリジナリティがあるかどうかにもこだわるようになりました。
なぜなら模様は「自分で考えて創った!」と思ってもよく調べたら、すでに誰かが似たようなデザインを描いていたなんてことが起こりやすいからです。
当時、模様と同じくらい夢中になっていた漫画のテイストも織り交ぜつつ、自分だけにしか描けない絵を描くということに非常に熱中しました。
オリジナリティと綿密さにこだわり、自分では趣味であったつもりが他人に見せると「趣味の範疇を超えている」と言われるようにもなり、当然自意識も過剰になっていきます。笑
そして徐々に絵を描くことが生活の中心になっていき、15歳の高校選びで私は無謀な決断をしました。
無謀な高校選びや高校生活の廃れ具合は今振り返るとかなり笑えるので、詳細は後日ゆっくり記事にします。笑
好きなことは一生続けられる。
模様はいくらでも描き続けることができる。
それは模様が簡単に出来るモノというのもありますが、やはり単純に「好きだから」という点が非常に大きいです。
もちろん模様を描く以外にも「これ好きだな〜」と感じる物や事は色々ありましたが、今でも続けられていることはほとんどないです。笑
熱しやすく冷めやすい、と周りからよく言われ自覚もしていますが、模様を描くことだけは今でも続いていて自分でも不思議なくらいです。
以前、”デジタルデトックスに最適”という内容で模様を描く魅力を記事にしましたが、描いている時に時間を忘れて没頭できるという点。これが、本当に好きなことであるという証拠だと常々感じます。
アートやクリエイター業界でも模様だけを描いている人は少なく、かなりマイナーではあります。
模様だけ描ける技術があっても必要とされていないから当然ですが、それでも模様を描く楽しさ・面白さが伝わるように、今後も描き続けるんだろうなと感じています。
一人でも手軽に楽しく出来ることですしね。
そういう何かがあると人生捨てたもんじゃないなと、暗い子供時代の自分に会えたら伝えたいです。